慶運寺
お蔵出し第2弾。急に思うところあって放出。たぶん、2004年に後半に訪れたところ。デジカメの日付がリセットされるぐらい電池切れで放置。それを直さないまま撮影したので、詳細な日付は思い出せずにいる。
浦島太郎(浦島伝説)といえば、ほとんどの日本人なら知っている昔話。カメを助けて竜宮城へ。その後、浜へ戻ると様子はすっかり変わっており、禁断の玉手箱をあけたところ老人になってしまう・・・。というあの話だ。「日本書紀」や「万葉集」にも登場していたというぐらい古くから伝わる有名な話で、自分の大好きな熱海秘宝館でも、情景の一つとして扱われている。
松本清張の「Dの複合」では、主人公が「僻地に伝説をさぐる旅」の連載のため浦島伝説が伝わる丹後半島に取材に行き事件に巻き込まれていくが、実は丹後半島以外にも浦島伝説ゆかりの地がいくつか存在する。
神奈川県横浜市にある「うらしま寺」とも呼ばれる「慶運寺」も、そんな場所の一つだ。
この横浜市神奈川区に伝わっている話は、いわゆる浦島伝説そのものではない。竜宮城から戻った太郎のその後の話だ。
そして、玉手箱と共に持ち帰ったという観音菩薩像が、この慶運寺に安置されている。観音菩薩堂は境内にあるものの、公開されていないので観音様は拝めなかった。また、この話では父がキーとなっていたこともあって、父・浦島太夫、子・浦島太良(太郎ではない)と刻まれた父子塔もある。
慶運寺には、浦島寺と刻まれた碑の台座が亀、手水鉢も亀と、浦島太郎のイメージを裏切らないアイテムも存在するが、実は神奈川の浦島伝説はここだけでとどまるものではなかった。
浦島町、浦島丘、亀住町...と、浦島伝説のキーワードを含む地名が存在するこの地域には、他にも浦島父子の供養塔や亀塚がある「蓮法寺」、太郎が足を洗ったという井戸、浜へ戻った太郎が腰掛けて泣いたとされる涙石まである。もう、地域一帯が浦島伝説資料館みたいだ。
ところで、この手の昔話には大抵教訓めいたもの(よくあるのは「勧善懲悪」)が含まれているが、子供の頃から浦島太郎だけはそれが何なのかサッパリわからなかった。
亀を助けて竜宮城へ招待され、歓待をうけるくだりは何となく説明がつくし理解できる。ところが、後半はナゾの連続だ。乙姫様は、開けてはいけない玉手箱を太郎に渡す。しかし浜に戻った太郎は、あっさり玉手箱を開けてしまう。
そもそも、玉手箱とは何なのか。
手箱は、手回りの小道具や化粧道具などを入れておく箱のことだが、「秘密」で「大切」という嫌な感じのキーワードもある。
例え美しくても中身がわからず、開けて見るなと言われた箱など、もらっても邪魔なだけだ。そんなモノを渡してくるのは、かなり面倒くさい女(元々乙姫様はメルヘンな世界の人だが)に違いない。しかし、乙姫様に魅了されていたであろう太郎は、それに気づかずに受け取ってしまった。
そして、乙姫様とのアバンチュールから醒め現実に引き戻されると、約束も忘れて箱を開ける。約束を破った罰は、一気に老人にされるという過酷なものだ。あらゆw災いの詰まった「パンドラの箱」に近いモノがあるが、慌てて閉じて希望だけが残ったパンドラの箱とは違い、玉手箱が最後にもたらすのは「死」であろう。
女からの甘い誘いに容易に乗ってはいけないし、思わせぶりな箱も開けてはいけない。ハッキリ「NO!」と言える男にならなくては、最悪「死」が訪れる...といったところか。
そう考えると合点がいく。浦島伝説は、子供にはわからない高度な大人のおとぎ話だったのだ。エロなパロディだと思っていた熱海秘宝館の「浦島太郎」も、あながち間違っていない気がする。
さて、地域一帯が浦島伝説資料館みたいなところと書いたが、それだけにとどまらない。近年には景観整備事業の一環として、歴史や伝説を残す場所にガイドパネルを設置した歴史の散歩道「神奈川宿歴史の道」が作られている。
歩道には「東海道」にちなんで青海波(せいがいは)がデザインされ、街路灯にも青海波と浦島伝説の亀。車止めも、浦島伝説にちなんで亀だ。伝統的なものと新しいものの共存は、ちょっとした浦島太郎気分を一瞬味わうための演出だろうか。
神奈川地区センターの入口付近
タイルが青海波のデザイン
国道沿いの街路灯
亀と青海波をアレンジ
車止めのポール上部は亀
メロンパンではない
うだうだ書き連ねたが、実はスカパーで浦島伝説をベースにした話「三日月情話」という凄いドラマを近頃知った。30年近く前に制作された昼ドラなのだが、とにかく内容が凄いのだ。浦島太郎が大人のおとぎ話であることは、これで確信したといってもいい。それもあってこのページがまとまり、お蔵出しに至ったのだ。奥が深いよ、浦島伝説。
最後に...「三日月情話」が再放送されていたら、迷わず見ることをオススメする。